オスッ!オラ、メイ!・・・たまにはこんな変化球も投げられる女猫。
大久保通りの街灯は何故かオレンジ色で、ヨソとは違うその感じは私のテンションを下げさせる。オレンジ色の光に照らされた裾のすり切れてるチマチョゴリは、いくら店長に言っても新品には代えてもらえない。
ソウルで、前歯のない日本人プロデューサーに声をかけられてからちょうど1年。そりゃ、海外での成功なんて誰でも見る夢だし、人生で最初の一区切りである20才を過ぎた女にとっては、どんな形にせよ外国での芸能活動はおいしい話だった。給食にカレーとハンバーグとラーメンが同時に出てくるくらい、おいしい話だった。
そして私は「韓流ブームとお笑いブームのコラボレーション」とかいう、冷静に考えれば「渋谷を歩けば女子高生に出会う」くらいの高確率で失敗する、とってつけたようなコンセプトでこの国でのスタートを切る。
前歯のない日本人プロデューサーは自信満々にこう言う。
「歌はBoAが売れてんだろ?ペ・ヨンジュンだってチャン・ドンゴンだって映画で儲かってんだろ?ユンソナのCMが一本いくらか知ってるか?すげーぞ。」・・・知らないよ、そんなこと。
でも、やっぱり「お笑い」だけはちょっとなかったのかもしれない。私と一緒にスカウトされた相方だった幼なじみは、2週間で帰国した。説得する私に彼女の返答はただもう、「ありえない。ありえない。」だけだった。
お笑いライブは何回か出たが、辛い思い出しかない。韓国人は珍しいかもしれないが、女のピン芸人はこの国では全然珍しくなくって、しかもネタを作ったことのない私は笑いなんかとれるわけなかった。日本語さえろくに話せないし。苦し紛れに出した、お笑い仲間から教わった「これさえ言えば絶対に笑いのとれる一言」は、人前では絶対に言ってはいけない「下ネタの一言」だった。テレビの仕事も一回あったが、再現VTRの中国人役だった。涙の永久不滅ポイントは貯まる一方だ。
チェ・ジウが日本のテレビドラマに出てるのを見た。でも、あの役は全然私の方が向いている。チェ・ジウの顔からはあの役の悲惨さが伝わってこないもの。今の私ならおしんだって小公女セーラだって福田和子だってうまく演じられる自信がある。日本のことだって相当詳しいし。東京ディズニーランドが実は東京都にはないことだって、今のモーニング娘。には結成当時のメンバーが一人もいないことだって、オリジン弁当の総菜は単価が安いからって調子に乗って色々選んでると合計金額がとんでもないことになることだって知っている。
当然食べていけなくて、プロデューサーに紹介された大久保の韓国料理店。ティッシュ配りだけはうまくなった。
裾のすり切れたチマチョゴリは職安通りのドンキホーテで3800円で売られてるヤツで、異常に生地が薄い。気が付くと焼肉のタレのシミが増えている。もう、タレのシミだか、涙の跡だかわからなくなっちゃって・・・
日曜日に雨が降るとなんだかへこむわよね。だいたい日曜日って面白いテレビやってないのよ。チェ・ジウのドラマも先週終わっちゃったから、今日は本当に夜どうしよう?きみはマッキーのコンサート行っちゃってるし、鼻ドスコイとは今更話す事なんて何もないし。ドミノでも並べようかしら。
あ、エリマキ代えました。