あたし、メイ。涙の数だけ美しくなれると本気で信じてる女猫。
今日も仕事でミスした。上司に怒鳴られた私に声をかけてくれる同僚はいない。親しくしてくれていると思ってた同期が陰で私のことをボロクソに言っているのを、偶然トイレの個室で聞いた。一緒になってボロクソ言ってた後輩は、私のことを呼び捨てにした。
仕事のミスを慰めてくれる友人もいない。短大を卒業して3年の間に2回だけ会った唯一の友人からも、今年とうとう年賀状が来なくなった。社会人になってすぐ、人生で初めて男性と付き合ったが、会うのは月1回だけ。私の給料日だけだった。
各駅しか停まらない駅からアパートまでいつもと同じように、いつもと同じ帰り道を帰る。よっぽど頻繁に出没するのか、必要以上に「変質者 注意!!」の看板が電柱にくくりつけられているが、私は遭ったことがない。もちろん電車の中で痴漢に遭ったこともない。
アパートは1階の一番北側で、あまり日が当たらない。洗濯物もあまり乾かない。1階なのに外に干した下着が盗まれたことは、一度もない。ピッキングには遭ったが、盗られたのはお金と無理して買ったグッチの時計だけで、盗聴器すら仕掛けられなかった。部屋への訪問者は週に一度あるが、・・・そう、NHKと新聞屋だ。断り切れずに新聞は4つとっている。そのうちの1つは2日に一回しか来ない。しかも夕刊。
私の部屋の玄関前に小包が。大家がかわりに受け取ってくれたらしいが、無雑作に置きっぱなしにされている。「盗まれたら困る」という配慮なし。
東京には空だけではなく、女の幸せもない。
誰もいない、誰が待つわけでもない部屋に上がり、小包のガムテープをはがす。
松山の実家から送られた蜜柑。ふわっと鼻先をなでる蜜柑の匂ひ。送り状に書かれた、見覚えのある父親の筆跡。小包の前で身動きがとれない私。こういう時の涙は止まらない。懐かしいあの蜜柑の・・・
って、こんな綺麗にまとまる話じゃないのよ。
先週末、みかんとこの「はる」がウチに遊びに来たわけ。はい、いらっしゃい。うん、それはいいわよ。遊びに来るくらい。きみと鼻ドスコイが相手するから。それが「はる」ってば「みかんの匂い」をしっかりくっつけてきて、もう部屋中みかんの匂い、「みかん臭」で一杯なのよ。なに?「季節外れの春(はる)が蜜柑(みかん)の匂ひを運んできました。」ですか?全然うまくない。分かりにくい。もう、押しつけがましいくらいに、分かりにくい。「アンパンマン」と「アンジョンファン」くらい分かりにくい。だいたい「匂ひ」って、なに?「ひ」じゃないでしょ、「い」でしょ?樋口一葉風?与謝野晶子風?上々颱風?
と、言うわけで、匂いをつけてきた「はる」に延々威嚇していた、あたし。ほんと、ごめんなさい。でも、あたしにとって「みかん」って、ガーって攻められて、ぐわーって追いつめられて、バサーって心に傷を負ったっていう思い出しかないわけ。もう、辛いメモリーだけ。涙で素敵なカクテルが作れるわ。
肘は「はる」。あたしの前にはみかん臭たっぷりの「はるの上着」。完全にあたし包囲網。身動きすら、とらして貰えないってわけね。